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欧州の方は、今でも、日本を訪れた時はともかく、その地で、日本人の家庭に招かれ、『靴を脱いでください』と言われると、ビックリ仰天、焦るそうです。
その一つが、彼らは靴を脱ぐことを考えずに、靴下を選ぶので、ほとんどの方が、靴下に穴が開いているそうです。

それと、もう一つが、欧州の方は、とても近しい人にしか、『足』を見せない為です。これは、女性に多く見られます。

その昔、『足』は、とても性的なものととらえられていました。

そして、『女性の足』は、小さい程魅力的だ!と、思われていました。

その代表的なのが、中国の纏足です。足を、指の所でなく、こうの部分から折り曲げて小さく見せます。そうすると、歩きにくくて、ヨチヨチと腰を振りながら歩くことになります。これが、男性にとって、非常にセクシーに感じられるそうです。しっかし!甲で曲げるって、『折る』って事ですよね?凄く痛いはずです。痛いです!

しかし、親は我が娘が、ワンランクもツーランクも上の、裕福な家に嫁ぐため、纏足を行います。
そして、足の小さな娘を嫁にもらうと決まると、相手の家から、足の小さい分莫大な、お金(結納金と言うのでしょうか)が、娘の家にもたらせるのです。
その為に、女の子が生まれた家では、必死だったそうです。

欧州に話を戻しましょう。
こちらでも、女性の足は小さい方が、魅力的と考えられていました。
と、同時に、男性の足は大きい方が、魅力的と考えられていました。

靴は、男性性器。足は女性性器とも、思われていました。

ですから、女性は決して、公の場で、『靴』を脱いで、『足』を見せる事はなかったのです。

もし、女性が、男性と二人きりになり、カウチに腰掛け、靴を脱いで、足をカウチに乗せ、くつろいだら・・・・・
『ウフン!今夜はOKよ!(はあと)』って意味になります。

その頃、登場した、ミュールは踵が見えるため、とてもセンセーショナルな物だったそうです。

皆さまがご存じの、『シンデレラ』原作を知っていますか?

かなり、古いものでは、エジプトにまで、遡れるそうです。

概略をお話しすると、

足の小さな女性が好きな王子様がいました。
王子様は、好みの女性の『足』の大きさの靴を作らせ、これに合う女性を探させました。

そこで、シンデレラが居た義姉の所にも、使者がやってきました。
でも、靴はあまりにも小さすぎて、全く履く事が出来ませんでした。
そこで、継母は、娘に『踵を切ってしまいなさい』と、言いつけ、娘は目出度く、靴を履く事が出来たのですが、
お城に向かう途中、使者に見つかってしまい。連れ戻されました。
こんな具合に、おとぎ話の中にも、女性の足は小さい方がセクシー!という、法則があります。

一方で、男性はというと、つま先が細くて、そんな先まで足入っているの?って、靴、最近でも見かけますよね?
QUEENのInnuendo(スペルいい加減)のジャケットにもありますが、つま先が伸びて、クルクルっとした靴、あれもまた、足を大きく見せる為なのです。

最後に、パリの女性たちは、数年前まで、あの石畳でも頑張ってヒールの靴を履いていたそうですが、最近はぺったんこになっているようです。


2019/07/23(火) 17:53 情報 PERMALINK COM(0)
水曜日は、ご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ございませんでした。
そのお詫びと言っては、大したものではないのですが、先日得た知識を、ちょっとお話ししたいです~

某月某日、都内某所にて、マリー・アントワネットの、美術品についてのお話を聞いてきました。

ベルばらでも描かれていますが、アントワネットさまは自由奔放!それまで、ヴェルサイユで、形式に則られたものを次々と、自分の好みに合ったものに変えていきました。

それは、だいたい1770年後半から発揮されてきたようです。自然派志向の波・・・と、言われますが、私が想像すると、自然志向=質素。などとなってきますが、アントワネットさまの場合は全く逆!

アントワネットスタイルは、先ずは、流行に敏感である事。アイディア豊富。金額に制限なし!納品は早急に。

何処が、自然なの~と言いたくなってきますが、そこは王妃様、庶民とは違います。

色々な装飾品、衣装の生地について、建築様式、家具のデザインなどいろいろありますが、今回は、その中のほんのちょっとだけ、書きますね。

アントワネットさま1778年第一子妊娠(マリー・テレーズですね。)を機に、ヒールの靴を止めたそうです。それまでは、親指1本半分(手の指です)の高さのヒール・・・7―8㎝位かしら、の靴を履いていたそうです。この頃の靴は、左右の区別が無いと聞いています。とても歩きにくかったのではないかと思います。因みに、現代の様に左右の区別が出来たのは、19世紀だそうで、ただ、19世紀と聞いただけで、100年間のどの辺りかは定かではありません(勉強不足でごめんなさい。)

子連れのアントワネットさて、ジュエリーですが、その頃までは、全ての物が『夜のシャンデリアの光に当たって輝く』事を第一に作られてきました。新しいもの好きのアントワネットさまは、昼間に『太陽の光によって輝く』ジュエリーを欲しい!と思いました。
それが、写真のアントワネットさまのウエストの左右に下がっている、ジュエリーです。デイジュエリーと呼ばれていたそうです。これは、下の方が丸環(と言うのでしょうか、)が、付いていて、鍵、時計、裁縫道具などをぶら下げたそうです。


それまでのジュエリーは、昼夜を問わず、身に付けられていましたが、このデイジュエリーは、昼間のみのモノ。夜には身に付けませんでした。

デイジュエリーその1私が撮った写真も載せますが、これは、その日のセミナーの先生個人の所有物で、1780年代当時の物です。素材はスチール。中心の陶器部分は、セーブルかお聞きするのを忘れてしまいましたが、ウエッジウッドのジャスパーウエア風になっています。裏表で、違う模様になっています。鎖のようになっている、スチールの部分は、カットが細かく、う~~ん、日に当たったらどんなにキラキラとしてキレイだったかしら・・・・・と、妄想炸裂!これを、お金に糸目をつけず、素早く納品させる・・・もう!王妃様ったら!

デイジュエリー、アップ

子供服について、少しだけ。それまでは、男の子は3歳までは女の子の服を着せられていました。それも、『子供は小さな大人』と、大人の服の小さい版を着せられていたのを、子どもは子供らしくと、子ども服を着せ、息子(多分、ルイ・ジョゼフ)には水平ルック(庶民にはすでに広まっていた長ズボン)を着せたそうです。

ちなみに、あるがままに生きるすばらしさ。子供は子供らしく・・・はJJ・ルソーの影響です。これはちょっと、その後の運命を思うと複雑ですね。

で、最後に、ご存じの方も多いと思いますが、
ローズ・ベルタンが破産宣告をしたのは、1787年だそうです。

写真が縦にならないで、ごめんなさい。

2019/03/16(土) 19:38 ちょっと、王妃様 PERMALINK COM(0)
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